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住まい手インタビュー

店舗

建築家とグラフィックデザイナーが共鳴する、
光と奥行きの店舗デザイン

Hair Salon SUNNY


ヘアサロンSUNNY(サニー)は、施主である店主の秀島守さんの想いを整理し、東池袋にあるテナントをリノベーションして2017年にオープン。グラフィックデザイナーの矢嶋大祐さんとコラボーションした「空間」ができあがるまでのデザインプロセスについてお話を伺いました。

PROFILE

秀島守(ひでしま・まもる)

Hair Salon SUNNYオーナー・美容師

1978年佐賀県生まれ。1997年より東京の美容室で腕を磨き、マネージャーを務める。独立後、2017年より現在の東池袋でSUNNYをオープンさせる。趣味は極上のコーヒー豆とナッツ探しと、筋トレ。

矢嶋大祐(やじま・だいすけ)

アートディレクター ・グラフィックデザイナー

桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン専攻卒業後、株式会社エヌ・ジー入社。アートディレクター永井裕明に師事し、8年間在籍のち、2016年フリーランスでの活動を開始。
Hair Salon SUNNY ロゴデザインで、 『東京TDC賞 2018』『日本のアートディレクション 2018』入選、アート企畫社 ロゴ 『日本のアートディレクション 2018』入選。JAGDA会員。
http://yajimadaisuke.com/

古谷野裕一(こやの・ゆういち)

古谷野工務店・建築家

中央工学校卒業後、建築家小川広次に師事し、大手設計事務所での勤務を経てフリーに。現在は「古谷野工務店」の経営者であるとともに、母校である中央工学校で講師を務める。『第35回住まいのリフォームコンクール優秀賞』『LIXILメンバーズコンテスト2016大賞受賞』など受賞多数。

ヘアサロンらしくない要望を、
ヘアサロンとして成立させた傾聴プロセス

写真左から、秀島守氏、古谷野裕一。

―店舗を改装するにあたって、どのように進められて行きましたか?

古谷野裕一(以下、古谷野):秀島さんとはもう19年ぐらいのお付き合いになるかと思います。もともと私が秀島さんに15歳から髪を切ってもらっていたんです。

秀島守(以下、秀島):ですので、改装に関してはほとんどお任せでした。

古谷野:まだ古谷野工務店に発注が来る前から、髪を切ってもらいつつヒアリングを充分していましたからね。まさかオファーが来るとは思わなかったですが。

秀島:本当はオファーしたくてしたくて…。ただ高いんだろうなあって思っていたんですよ。

古谷野:4月、5月ごろに相談が来て、オープンは9月中旬の予定でした。これは一般的な店舗のスケジュールなんですけど、設計に時間を使いたい私には少しタイトでしたね。確か一週間ぐらいで設計図を引きました。そこから7月に工事を開始して、約2ヶ月の施工期間です。

秀島:物件はすぐ見つかって、内装をどうしようかと考えていました。知人に他の業社さんを紹介してもらったものの、想いを理解してもらえず、不安に感じてしまったんです。それで、古谷野くんに相談しました。古谷野くんの手がけた建築をたくさん見て来ましたし、彼の仕事への想いやスタイルを知っていましたから。

古谷野:相談を受けて、秀島さんの目指すSUNNYのが一般的なヘアサロンではなかったので、難易度の高さはすぐ理解できました。まず常連さんたちとお酒が飲める場所がほしいという要望などを話されて、そのままかたちにすると男くさくて無骨なデザインになってしまう。秀島さんの要望も汲み取りつつ、女性のお客さまにも来店していただきやすい店舗デザインを提案しました。

店内でひときわ存在感を放つ、大きな木製の壁。

秀島:提案内容は想いを汲み取りつつ、調整してくれていて胸が高鳴りました。その後、見積もりをお願いしたら、結果的に既にお断りしていた他社より古谷野工務店の方が安かったんですよ。建築家の方にお願いするのは高額だと思っていたのですが、十分なお手頃感を感じました。しかも、引手一つにいたるまでデザインをしてくれて仕事が細かいですよね。

古谷野:極力無駄なコストを掛けないように、棚は既成品で揃えたりもしています。ですので、既成品の家具を入れても調和が取れるように空間をデザインしています。

秀島:家具もかなりの時間をかけて一緒に調べてくれました。古谷野くんが調べてくれて、僕がそれを見に行って電話やLINEで感想を伝えたり。

古谷野:あの頃、週2、3回はお酒も交えて会っていましたね。オープン日は決まっていたし、遅れるわけにもいかなかったので純粋に心配だったこともあります。

光のギミックを取り入れたロゴデザインは、
オーナーの人柄と想いを受けて生まれた

写真手前、矢嶋大祐氏。

―SUNNYのロゴはグラフィックデザイナーの矢嶋さんが制作されたとお聞きしました。

矢嶋大祐(以下、矢嶋):店舗の内装工事が進んでいる段階で古谷野さんにお声がけいただきました。コンセプトを決めるにあたってどういうお店にしたいのかを古谷野さんにお聞きしつつ、古谷野さんが設計された完成予想図も見ながら空間にマッチするロゴを模索しました。秀島さんから真っ先に出た想いが「人が集まる場所にしたい」というものだったので、誰が見てもわかるようなデザイン、おしゃれすぎて理解できないものは避けようと決めました。それと、店名が秀島さんのあだ名という点も取り入れたいなと。

秀島:僕のあだ名、SUNNYって言うんです。理由はわかりません(笑)

―きっとその太陽のような明るいお人柄から来てるのでは?秀島さんのパーソナルな部分も考慮してデザインをされたんですね。

矢嶋:はい、秀島さんの人柄や雰囲気も考慮したつもりです。ロゴのベースはセリフ体という雑誌のVOGUEにも使われ、女性的なものですが、繊細な印象を与え過ぎないよう、力強さを複合しながらデザインをしました。普遍的な美しさに加えて、秀島さんの頼もしさも取り入れたかったんです。

SUNNYという文字が光にあたった時に細い線が消えて見えなくって、面だけになるイメージ。細い線が見えなくなることによって、秀島さんの力強さを浮き彫りにし、コントラストをはっきりさせました。実際ロゴはお店のガラス窓に映るように配置してもらっていますが、こういったことは建築家とグラフィックデザイナーとのコラボレーションがあったからこそ実現できたことだと思います。

店舗の正面ガラスにあるロゴは、陽が当たると陰影が床に現れる仕組みに。

秀島:このロゴを矢嶋さんに見せて頂いたとき、第一印象で惹かれました。

矢嶋:ありがとうございます。あと意識したことは、そのロゴをきっかけに秀島さんが人と会話できることです。なぜSUNNYのロゴはこの形なのか、秀島さんがお客さまと話すことでコミュニケーションが生まれる。僕はいつもロゴに意味を込めて、背景をつけることを意識しています。僕の大切にしていることが、古谷野さんに伝わってよかったです。

―古谷野さんと矢嶋さんはもともと共通のお知り合いからのご縁と伺っていますが、なぜ矢嶋さんにロゴデザインを依頼されたのでしょうか?

古谷野:建築家だけでは実現できないコミュニケーションがあるし、グラフィックデザイナーだけでも同じ。異なったスキルを持っている専門家が知恵を出し合うことで、できることの幅や影響力を拡大することができると思うんですよね。お互い専門が違うからこそ学びになるし、新しいアイデアが出てくるきっかけになります。それに、私が同世代と仕事をしたかった。私の周りの尊敬する人たちは同世代と切磋琢磨し、盛り上げていくということを意識されている方が多いので、私もそれに続きたい想いがありました。

存在感のあるファサードと、可能性を広げる空間

―店内は独特な雰囲気がありますが、どんな工夫があるか教えてください。

古谷野:SUNNYでは壁が大きいですとか、店舗の入口をかなり小さくつくるとか、形や場所の強弱をつけることで普段の生活だと感じられないような非日常の体験を演出しています。

それと、素材や金物などの各エレメントが空間の中で調和していて、違和感のない状態の空間となることを意識しています。そうすることで、普段の生活では気にも留めないようなことも、感じられる空間になると思います。これまで手がけた建物の建主さんには、「庭を見る時間が増えた」「1日の光の変化を意識するようになった」と言われることがあります。SUNNYでお客さまが座った位置からも、製作したミラー越しに公園の四季の変化を感じることができます。

―設計するあたって、意識した点を聞かせてください。

古谷野:大きなこだわりが2つあります。ひとつは、秀島さんの要望で美容院っぽくしないということ。秀島さんのお姉さんが陶器作家をしているので、定休日に鏡を外せばギャラリーにもなる。SUNNYの向かいには公園がありますから、きっと仲間と集まって花見をしたいだろうし、ビジネスパートナーとの商談にも使いたいだろう。訪れたお客さまとゆっくり話すスペースだって必要だろう。つまり、やりたいことを叶えてくれる柔軟性をもった空間にしたつもりです。

あともうひとつ、私は設計するにあたって環境を意識して分析します。当初、施工前のSUNNYは店舗として箱の力が弱いと感じました。この店舗の良いところは目の前が公園であること、道路が斜めにふれていること。ある方向から歩いて見ると、かなりの時間SUNNYを眺めることができます。公園からもずっと店舗が見えますしね。その環境を活かす設計を意識しました。

ファサード(正面デザイン)だけで見せようとすると強さが足りない。だから、インテリアの要素や壁の表情、矢嶋さんと考えたロゴの位置、鏡の配置、全部が通りから見て美しいようにデザインしています。

奥行きを持ったファサードという発想は、全体を俯瞰していたら出てきた発想でした。店舗を外部にアピールすること、外部から見て独特の空気を醸し出すことを意識しました。

矢嶋:SUNNYの前を通る人たちが、気になってどんなお店なんだろうって見てきますよね。よく気づきましたね。

古谷野:ここを設計するにあたってぐるぐる周辺を歩きましたからね(笑)

―店舗を新しくしてから、変化はありましたか?

秀島:店舗デザインを新しくしたことで、お客さまの層に変化がありました。モノにこだわりを持っているデザイナーさんやクリエイターさん、アーティストさんなどが新規で増えた印象がありますね。

竣工から時間が経過しても続く、造り手と施主の交流。

SUNNYロゴをモチーフにした絵。

―店内にある絵ですが、SUNNYの雰囲気によく合っていますね。

秀島:矢嶋さんからオープン1周年記念で贈っていただきました。シャンプー台の前に飾ったら、馴染みすぎてお客さまが気付かなかった(笑)もとから飾ってあったと思ってくれたみたいです。

古谷野:なにもない空間の良さもあるけれど、場所に意味付けができた気がします。絵といったものが壁にあることで、人はより空間を感じられるんですね。

矢嶋:実はあの絵、制作期間に1年かかりました。秀島さんからシャンプー台の前に飾る絵をオーダーを頂いたんですが、「なんでもいい」と言われてしまって逆に大変でしたね。つまり自由演技ということですから、困ってしまってどんどん時間がかかっちゃって。そうだ、1周年記念にあげよう。プレゼントなら受け取ってくれるだろうと思って差し上げちゃいました。

―制作にあたっての意図は?

矢嶋:空間がとても素敵でしたから、壊したくなかった。訴えかけるようなグラフィックでないものにしようと決めていました。大きさもシャンプー台に腰掛けた時にふと目に入るさりげない感じを目指しました。意味はないけど、関連性が欲しかったのでSUNNYのロゴを使い、光をモチーフにして重なり合いを表現したつもりです。

秀島:飾ったことで上質な印象がアップしたと思います。古谷野くんが設計してくれた空間と矢嶋さんの絵が非常にマッチしていて、とても気に入っています。

―竣工後のアフターフォローは?

秀島:すぐ対応してくれます。玄関の照明やバックヤードの棚も設置してもらいましたし、今度は神棚を作ってもらおうかと思っています。仕事をしていく中で、これがあったら便利だなってものを話すとつくってくれて、ありがたいです。

古谷野:古谷野工務店のポリシーです。SUNNYはもちろんですが、一度に多くの件数をこなすとお客さまとの関係が薄まってしまいます。建築は手離れができませんし、ずっとお客さまと付き合っていかなければなりません。その覚悟がないと建築はできません。

文:魚月かな(MULTiPLE Inc.) 写真:平藤篤(MULTiPLE Inc.)

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